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東京を観る視点
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丸の内・大手町再開発が示す都市のかたち

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TokyoScopeMedia 編集部 Editorial Desk

TL;DR

  • 丸の内・大手町の再開発は、単なる高層化ではなく「街区ごと作り替える」手法へと比重を移してきた。
  • 三菱地所などの開発主体は、オフィスに広場や歩行空間を組み込む方向を打ち出してきた。
  • 効率的な床の供給と、にぎわいの演出は、しばしば相反する目標として現れる。
  • 完成された街並みの美しさと、雑多な余白の喪失は、同じコインの裏表である。

大手町の交差点に立つと、十年前とは別の街に来た錯覚を覚える。ガラスの塔が並び、足元には手入れの行き届いた広場が広がる。整然として、清潔で、迷う余地がない。この完成度の高さこそ、東京の中心部で進む再開発の到達点であり、同時にその限界でもある。

建て替えから街区再編へ

かつての再開発は、古いビルを高層ビルに置き換える単体の事業が中心だった。近年はそこから一歩進み、複数の街区をまとめて作り替える手法が主流になっている。三菱地所のIR資料やプレスリリースでも、オフィス床の供給に加え、歩行者空間や広場を一体で設計する方針が示されてきた。点ではなく面で都市を更新する発想である。

ただし、面で作り替えるということは、面で何かを消すということでもある。

効率とにぎわいの綱引き

開発の経済性は、貸し出せる床面積をいかに増やすかにかかっている。一方で、街として選ばれ続けるには、人が集まりたくなる余白も要る。この二つは、しばしば同じ敷地でぶつかる。広場を広く取ればその分だけ収益床は減る。森ビルなどの開発でも、収益性と公共空間の配分は中心的な論点として扱われてきた。両立は理念としては語りやすいが、面積の配分という形で現実の壁にぶつかる。

完成された街の代償

再開発後の街並みは、確かに美しい。だが、その美しさは均質さと表裏一体だ。小さな個人商店、用途のはっきりしない隙間、計画から外れた雑多さ。こうした要素は、整然とした再開発のなかで居場所を失いやすい。横丁が再開発に残されるときの議論が示すように、近年は雑多さをあえて残す試みも見られる。とはいえ、それもまた「演出された雑多さ」になりがちだ。本物の偶発性は、計画になじまない。

都市のかたちが映すもの

丸の内・大手町の再開発は、東京の中心がどんな都市像を目指しているかを映す鏡である。効率的で、歩きやすく、清潔で、迷わない。それは多くの人にとって望ましい環境だろう。同時に、その完成度の高さは、計画されざるものが入り込む余地を狭めてもいる。都市は本来、設計と逸脱の両方で成り立ってきた。整えられた街区が増えるほど、私たちは逸脱を別の場所に探しに行くことになる。再開発が示す都市のかたちは、何を実現したかと同じくらい、何を都心から押し出したかによっても語られるべきである。

参考・出典

  • 三菱地所 IR・プレスリリース等の公表資料
  • 森ビル 都市開発に関する公表資料
  • 国土交通省 都市再開発に関する各種資料