歩ける都市としての東京、その条件
TL;DR
- 東京は世界有数の「歩ける都市」だが、その歩きやすさは鉄道網への依存と表裏一体である。
- 駅を中心に密度が高まる構造は、徒歩移動を支える一方で、駅から離れた地域を不利にする。
- 歩道の整備や段差の解消は進んできたが、歩行者の優先順位はなお自動車に劣後しがちだ。
- 「歩ける」とは距離の問題ではなく、歩きたくなる環境が用意されているかの問題である。
東京で暮らしていると、車を持たない生活が当たり前に成り立つことに、改めて驚くことがある。駅まで歩き、電車に乗り、降りた駅からまた歩く。この連鎖だけで、たいていの用事は片付く。東京はしばしば世界でも有数の歩ける都市と評される。だが、その歩きやすさがどんな構造に支えられているのかは、案外語られない。
鉄道に支えられた徒歩
東京の歩きやすさは、徒歩そのものの環境の良さというより、稠密な鉄道網の存在に負うところが大きい。駅と駅の間隔が短く、駅前に商業や生活機能が集まる。だから人は短い距離を歩くだけで用が足りる。国土交通省の都市・交通に関する資料でも、駅を核とした密度の高い市街地形成は東京の特徴として挙げられてきた。歩けるのは、歩く先に駅があるからだ。
もっとも、これは裏を返せば、駅から離れた地域の不便さを意味する。歩きやすさは都市全体に均等には配られていない。
歩行者はどこまで優先されているか
歩道の拡幅、段差の解消、バリアフリー化。歩行環境の整備は着実に進んできた。それでも、交差点の構造や信号の長さを見ると、優先順位はなお自動車寄りに設計されている場面が多い。歩行者優先を掲げる施策と、実際の道路空間の配分には、なお開きがある。乗換アプリが最短経路を示すとき、その経路が本当に歩いて快適かどうかまでは保証してくれない。
距離ではなく環境の問題
歩けるかどうかは、目的地までの距離だけで決まるわけではない。同じ五百メートルでも、緑のある通りと、排気ガスの中の幹線道路では、歩きたくなる度合いがまるで違う。日陰の有無、ベンチの有無、街路樹の手入れ。こうした細部が、歩行の質を左右する。歩ける都市とは、歩ける距離に施設があるだけでなく、歩くこと自体が苦にならない環境が整っている都市のことだ。
歩く都市の条件を問い直す
東京が歩ける都市であることは、たまたまそうなったのではなく、鉄道を軸に密度を高めてきた歴史の結果である。その恩恵は大きい。だが、駅への依存が前提である以上、駅から遠い場所や、徒歩の質そのものには、まだ手がつけきれていない。これからの東京が問われるのは、距離の近さを誇ることではなく、歩くという行為をどれだけ快適で選びたいものにできるかだろう。歩ける都市は、完成形ではなく、なお更新の途上にある。
参考・出典
- 国土交通省 都市・交通政策に関する各種資料
- 東京都 都市づくりに関する公表資料