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横丁が再開発に「残される」とき

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TokyoScopeMedia 編集部 Editorial Desk

TL;DR

  • 再開発のなかで横丁を「残す」事例が増えたが、その多くは原形保存ではなく再構成である。
  • 狭い路地の密度と無計画さこそが価値だが、それは設計で再現しにくい。
  • 防災や耐震という現実的な要請が、横丁の保存と鋭く対立する。
  • 残された横丁が観光資源化したとき、日常の場としての機能は薄れていく。

夜の新宿、ビルの谷間に残る一角に足を踏み入れると、空気が変わる。肩がぶつかりそうな路地、頭上に張り出した看板、店先から漏れるじゅうじゅうという焼き音。半世紀前から時間が止まったようなこの密度は、隣接する高層ビル群とは別の論理で成り立っている。だが、この光景がいつまで残るかは、誰にも約束できない。

「残す」という言葉の中身

近年の再開発では、横丁を一掃するのではなく「残す」と打ち出す例が増えた。聞こえはいいが、その中身を見ると、必ずしも原形の保存ではない。多くは取り壊したうえで、雰囲気を模した区画を新たに作り直す再構成である。国土交通省の都市再開発に関する資料でも、既存の街並みの継承は重要な論点として扱われてきた。問題は、継承が形の模倣にとどまりやすいことだ。

裏を返せば、横丁の本質は建物そのものではなく、長い時間が積み上げた無計画さにある。それは新築では再現できない。

密度という再現しにくい価値

横丁の引力は、その圧縮された密度にある。狭い間口に店がひしめき、客同士の距離が近く、偶然の会話が生まれる。この密度は、現代の建築基準では作りにくい。通路の幅、避難経路、各種の規制。安全を確保しようとすれば、あの窮屈さは真っ先に削られる。立ち飲みの魅力がそうであるように、効率や安全の論理は、密度が生む熱をしばしば冷ましてしまう。

防災との避けがたい対立

横丁の保存を難しくする最大の要因は、ノスタルジーへの反対ではなく、防災である。木造の老朽建築が密集する一角は、火災や地震のリスクを抱える。住民や行政の立場からすれば、安全を後回しにはできない。日本経済新聞の報道でも、密集市街地の防災対策と街並み保存の両立の難しさは繰り返し指摘されてきた。情緒だけでは、人の命に関わる問題に答えられない。

残ったあとに何が変わるか

仮に横丁が物理的に残ったとしても、その後に別の変化が待っている。観光資源として注目されれば、地元の客が通う日常の店は、写真を撮りに来る訪問者向けの店へと入れ替わっていく。残すことに成功した横丁ほど、日常の場としての性格を失いやすいという皮肉がある。横丁を守るとは、建物を残すことなのか、そこで営まれてきた暮らしを残すことなのか。じゅうじゅうと音を立てる店先に立つと、その二つが同じではないことが、はっきりと分かる。

参考・出典

  • 国土交通省 密集市街地・都市再開発に関する各種資料
  • 日本経済新聞 防災・街並み保存に関する各報道